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理事長の部屋

2012年(平成24年)が始まりました。

 

今年は4つのキーワードを常に意識し行動する年にしたいと思います。それは絆・イノベーション・計画そして知識から知恵の4つです。

 

2011年の世相を表す漢字は「絆」でした。東日本大震災や各地で発生した豪雨そして日本中を熱狂の渦に包んだなでしこジャパンなどが理由とのことですが、改めて家族の絆、地域の絆、会社や仲間の絆など、人と人とのつながり・絆が改めて大事なものと感じた結果とのことです。20101月にNHKが放映したドキュメンタリー番組で「無縁社会」という言葉が生まれました。単身世帯が増え人と人の関係が希薄となる社会の一面を造語としてとらえた様ですが、やはり日本文化は「人と人との豊かなかかわり」の中で築き上げられてきた"「絆」の大切さ"が基本であることを素直に喜びたいし、大事にしたいと改めて感じています。

バラバラの百人より強い絆の十人の方がより大きなことができるといいますが、「学園の絆」をより一層強くし2012年の荒波をともに乗り越えたいと思います。

 

昨年11月OECD(経済協力開発機構)は2012年は欧州債務問題が更に深刻化するため先進国の経済は総じてマイナス成長になるとの見通しを発表しました。そのような成長無き景気低迷の中で、今年はアメリカ・ロシア・フランス・韓国の大統領選挙そして中国の総書記の交代などの年に当たり、日本にも経済戦争が迫ってくることは必至です。

成長無き景気低迷時代においてはこれまで以上のイノベーション即ち工夫・新機軸・刷新・革新など、これまで以上に汗をかくことが求められます。教育費の家庭への負担増加は学園への入学者に影響が出ることも推測できますが、このような時代こそ人材育成が最重要課題となります。

千利休の言葉に「稽古とは一より習い十を知り 十よりかえるもとのその一」という教えがあります。初めて一を習う時と十まで習ってもとの一に戻って再び一を習うときとでは全く違う。これでよいと思ったときの進歩はそれで止まってしまうという教えです。

 

そのようなイノベーションを実践躬行するには、組織で共有できる計画が必要です。学園は平成217月にキックオフした中期経営計画が、2年強かかりましたが、昨年12月に行われた理事会で了承されました。教職員の皆さんから多くの意見などをもらいました。それら全てが計画立案に反映されているとは言えませんが、作成された「中期経営計画」を各箇所の重点目標として全教職員で実践躬行していけば成長無き景気低迷時代であっても学園の追及する教育付加価値はより一層社会に認められる筈です。

 

この「中期経営計画」を実践する上で更に重要なことがあります。それは「知識を知恵に変えていく」ことです。「風が吹けば桶屋が儲かる」と言います。大風で土埃がたつ・土埃が目に入って盲人が増える・盲人は三味線を弾けるようにして職につく・三味線が使う猫皮が必要になり猫が殺される・猫が減ればネズミが増える・ネズミは桶をかじる・桶の需要が増え桶屋が儲かるという例えで、物事には原因と結果の法則があります。しかしながら、成長無き景気低迷の時代はそのプロセスにおいて色々な要因が絡み合い、「風が吹けば桶屋が儲かる」と必ずしも言えない局面が多く発生します。それに対応するためにも広く深い知識に立脚した知恵が必要になってきます。①計画の考え方や目的は正しいか②やり方は正しいか③結果は出たか④その結果を次にどのように繋げたか、を必ずチェックする習慣をつけることが重要となり、その習慣がより早く知恵を身につけていくことになると感じています。

 

4月から新湊作道保育園に次いで小杉西部保育園の経営も始まります。また射水文化振興財団には大中規模の文化ホールなどがありますが、その財団の理事長として4月から運営に携わることになります。学園と保育園と文化事業などの連携も合わせながら、4つのキーワードを基本に2012年を積極的に乗り越えていきたいと思います。

 

本年もより一層よろしくお願い致します。

                                

平成24年1月15日                                               

                            浦山 哲郎

 

2012年1月15日 |

「ひきこもり70万人」、724日読売新聞のトップ記事です。予備軍155万人を含めると225万人になるが「今後さらに増える可能性がある」と分析しています。冨山県の人口の倍ぐらいの若者が「ひきこもり」「ひきこもり予備軍」状態となっているきっかけの主な理由は、「職場に馴染めなかった」「就職活動がうまくいかなかった」「病気」「不登校」「人間関係がうまくいかなかった」などで、30歳代の働き盛りが46%を占めました。今回の調査は、回答者が「社会的に自立」しているかどうかに着目したということですが、調査対象の15393880万人の5.8%が「ひきこもり」或は「ひきこもり予備軍」という調査結果は、日本(人)として憂慮すべき問題と思います。「ひきこもり」の理由のほとんどは「自分の思うようにならない、ならなかった」ということのようです。しかしながら今日の日本社会は、混迷の度合いを深める政治や経済社会、忌わしい事件が多発する不安定で厳しい社会の局面にあり、若者達はこのような困難な社会状況に向き合っていかねばなりません。「成功者」と思われる人たちも失敗と成功、劣等感と自信、自己嫌悪と誇りが交錯する日々を重ねていると聞きます。自分の運命は自分で切り開く以外にはあり得ません。「四苦八苦」しながらいろんな壁を乗り越えていくしか「生きる力」即ち「自立」は備わらないことを家庭教育でしっかりと教えることが重要です

一方で、生活習慣の乱れや各種メディアの浸透、社会全体の規範の低下など、親と子を取り巻く環境の変化とともに、家庭や親の教育力の低下があります。過保護・甘やかせ過ぎ・過干渉・しつけや教育に無関心など、親心が十分に育まれていない親が増加しています2000年の調査で「子どもを持てば、親は子どもの犠牲になるのも止むなし」と答えた世界の親の平均は72.6%であったのに対し、日本の親は38.5%73ヵ国中72番目でした。

「大卒10万人行き場なし」、ひきこもり報道の2週間後、86日の読売新聞で大きな記事となっていました。約60万人が毎年卒業しますが、17%も就職出来ない事実は学生当事者にとっても日本社会にとってもその改善策が急務となります。2004年、日本経団連は「企業が求める人材像と実際の学生に対する評価」の調査発表をしました。コミュニケーション能力・粘り強さ・発想力について期待と現実とのギャップが最も大きいことが確認されました。これらの能力をどのようにしたら若者が発揮できるか、家庭・学校・企業などがそれを認識し、互いに連携しながら対応していくことが求められています。

江藤淳氏や堺屋太一氏は「人は礼節や魂を失いかけると不思議と身の回りや言動が粗野になる。戦後の60年は物質的な豊かさを得て日本人としての礼節の文化や日本(人)の魂を失った」と述べました。礼節の文化や日本(人)の魂は、日本(人)の「道徳意識」にあるということを新渡戸稲造氏は著書「武士道」で記述しています。新渡戸稲造氏はアメリカ人であった奥さんや諸外国の人々にそれを伝えたいと思い、「武士道」を上梓したと伝えられています。前述したコミュニケーション能力・粘り強さ・発想力は、他国からも尊敬された、日本(人)の「道徳意識」の復活が鍵になるような気がします

全ての教育機関が基本と法律を教育基本法といいます。驚くことに、昭和22年に施行された教育基本法には「道徳(心)培う」という項目が全くありませんでした。昭和60年前後(1985年前後)までは日本はまだ世界から規範意識や道徳意識が高い国として尊敬されていたことが多くの著書(中里至正氏 東洋大学教授・河上亮一氏 日本教育大学院教授など)で感じることが出来ました。しかし、枚挙にいとまがないほどの昨今の忌わしい事件や社会化現象を見ると、良き日本(人)の面影が国内外でなくなりつつあります。60年振りに改正された教育基本法(平成18年12月施行)の第2条1項に教育目標として「幅広い知識と教養を身に付け、真理を求める態度を養い、豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養うこと」、と「道徳心を培う」が明記されました。また、10条1項には「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、生活のために必要な習慣を身に付けさせるとともに、自立心を育成し、心身の調和のとれた発達を図るように努めるものとする」とあります。「道徳」の基礎や「自立」の基礎が家庭においてつくられるようになれば、「職場と馴染めない」「人間関係がうまくいかない」ような時においても、そのような壁を乗り越えようとする「生きる力」も備わることにつながります。親が変われば子も変わります。教員が変われば学生も変わります。「家庭の教えで芽を出し学校の教えで花が咲き社会の教えで実がなる」。家庭・学校・企業などの連携をより一層緊密にしていけるような教育活動を実践躬行していきたいと思います。

2010年10月20日 |

看護系大学数は平成3年度から20年間で18倍に増加、その入学定員も558人から15,000人と20倍になっていますが、その急増に伴う質と看護師不足は大きな課題となっています。79日読売新聞の一面に『「日本で看護師」断念続々』の記事が出ていました。理由は、日本の看護師国家試験突破の難しさから、将来の展望が見出せずに就労をあきらめた人が少なくないと見られる、とのことです。EPA(経済連携協定)に基づきインドネシアとフィリピンから看護師・介護福祉士候補者の受け入れが始まったのは2008年で、これまで998人が来日し、国内の施設で働きながら勉強し、3~4年の在留期間に国家試験に合格すれば本格的に日本で就労でき、不合格の時は帰国することが条件となっています。これまでの合格者はゼロで、今年は看護師3人のみが合格したとのことです。今回中途帰国したのは33人ですが、母国の看護師資格をもっている人が23人と、中途帰国した人の7割はもともと看護師であり、グローバル社会の中での日本において、その人たちが断念せざるをえなかったことに複雑な思いをもたざるをえません。日本人でさえ難解な専門用語を平易な言葉に言い換える、或は母国語・英語での試験実施など、なんらかの見直し方法を国家試験に反映させるなどを政府・厚労省などで検討をし始めたとのことですが、一日も早い改善に向けて、教育機関である私達も運動すべきであると感じています。

 

日本で学んでいる留学生は12万人強(2009年)ですが、先進諸外国の外国人留学生数を見てみると、アメリカ合衆国が約56万人、英国が約36万人、ドイツが約25万人、フランスが約27万人(いづれも2006年)と、日本を大幅に上回っています。このようなことからも文部科学省などは、留学生数のさらなる拡大と支援のために留学生30万人計画を打ち出し、2020年までに今の倍以上の30万人を受け入れることを目標としていますが、受入れ体制の整備とともに、卒業・修了後の就職支援等につながる国家試験のあり方も検討することが望ましいと感じています。

 

日本では1949年から1951年まで、ガリオア・プログラム(GARIOA/Government Aid and Relief In Occupied Areas) で約1,000名の日本人が米国へ留学しました。これは今後戦争を二度と起こさないためにも戦争相手国をよく見てもらい、自国の繁栄に貢献して欲しいという願いから、1949年米国に設立されました。現在、「フルブライト」として運営されていますが、基本的運営資金は両国政府で折半されており、これら政府資金に加え、日本人フルブライト同窓生により1986年に設立された日米教育交流振興財団(フルブライト記念財団)からの民間資金援助も受け、合計で年間にそれぞれ約5060名の米国人と日本人の人物交流を実施しています。また、フルブライター(Fulbrighter)と呼ばれる同窓生は日本人が約6,200名、米国人が約2,300名でその中の多くは今日、教育、行政、法曹、ビジネス、マスコミ等さまざまな分野で活躍しているそうです。

 

日本私立看護系大学協会や日本介護福祉士養成協会には多くの会員校がいますが、厚生労働省や文部科学省とも留学生の国家試験のあり方を検討していけるように働きかけるようにしていきたいと思います。

 

                          浦山哲郎

2010年7月31日 |

昇格・異動・そして新採用の皆さんに辞令をお渡しし、22年度が今日から新体制・新陣容で始まります。どうぞよろしく御願い致します。

辞令交付をする意義は、日本や世界の未来に向けて、学園の教育理念である、「より良き社会の形成に自ら貢献できる人材育成」を実践躬行する教職員組織を確認することにあります。

 

昨年の92日には、この場所で、中期経営計画のキックオフを全教職員で行いました。

財務状況なども含み、現状を説明し、創立45周年を迎える本年の2010年度(22年度)そして創立50周年を迎える2015年度に向けて、全教職員一丸となって改善に取り組むことを皆で誓い合いました。

 

~中略~

 

申しあげるまでもなく、教育機関は、教育とマネジメントが両輪です。

「教育とマネジメント」を常にバランスよく運営していくことは、簡単なことではありませんが、このバランス度合いが第三者評価においても問われていることは、皆さんも十分承知していることだろうと思います。

最近お世話になっている人から、理事長「もしドラ」読みましたか?って聞かれました。最近のベストセラーなんだそうです。全く知らなかったので早速購入し、読んでみました。長い題名で、『もし高校野球の女子マネジャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』という本です。ドラッカーは、皆さんもご承知の通り経営学を世界に紹介、確立させた大変著名な学者で、その著書の「マネージメント」は経営のバイブルともされている本ですが、最初は高校野球の女子マネージャーとのつながりがまったく見えてこない感じでした。

しかし、ページを重ねていくうちに、この高校野球の女子マネージャーの立場と教育機関の理事長をはじめ教職員という立場が全く同じであることに気づき始めました。

 

物語は、あまり強くない公立高校の野球部の女子マネージャーになった主人公みなみ(ちゃん)が、野球部を甲子園に行かせる物語ですが、そう決めたはいいものの、どうしたらそれが実現できるかを模索していく中で、ドラッカーの経営書「マネージメント」に出会います。はじめは本の難しさに戸惑うのですが、野球部を強くするのにドラッカーが役立つことに気づきます。そして野球部の仲間たちが、ドラッカーの教えをもとに力を合わせて甲子園を目指す物語です。

 

主人公のみなみちゃんは、野球とは無関係の組織経営について書かれた、ドラッカーの教えが高校野球とどのような関係があるのか、最初は全く理解が出来ませんでした。

やがて、みなみちゃんは、野球部のマネージメントに取り組み、マーケティングに取り組み、そしてイノベーション(革新・新機軸)に取り組みながら、結果、劇的な甲子園出場を果たすストーリーです。

 

私はこの本を読んでいて、ものすごい反省の思いをいただいたのは、自分では意識していた、そしてやってきたつもりの基本的なことが、実は出来ていなっかったのではないかとたということです;

ひとつは、ドラッカーは「マネージャーとして必要な資質は真摯(まじめでひたむきであること)」であること。そして、ドラッカーのいう「真摯(まじめでひたむきであること)」とは、「成果を出すことにおいて責任をもつ」ことと定義していることです。

これまで、私は学校経営に伴い、皆さんと話し合いながら、いろんな重点目標を決めてきました。しかし、達成できてないことが相当あります。やってないことが相当あります。

「それなりに頑張ったからいいじゃないか」はドラッカーのいう「真摯さ」が欠けていたと、反省をしています。今年度から、改めて、「成果をだすことに責任を持つ」経営を目指します。

 

また、ひとつは、ドラッカーは「組織は、顧客の創造をやらないと存続出来ない」と明言しています。そして、ドラッカーは、そのためにも「顧客は誰か」を明確に設定し、「顧客の役に立つこと」が重要だといっています。

この学園の顧客は入学対象者である高校生・家族・高校・在学生・高校・採用してくれる企業や施設などと考えられますが、学園として明確に設定し共有できていません。

明確に設定できていないので、顧客の創造がどこまで出来ているのか確認できていない部分があるし、どれほど顧客の役に立っているのか、確実なデータに基づいたものもありません。これでは、教育理念があっても、コアサイクルがあっても、理事長としてどのような学園にしていきたいのかが、皆さんに十分伝わっていなくても仕方がなかった、と感じています。

 

高校野球の女子マネージャーのみなみちゃんにとって、マネージャーの資質は真摯であること、真摯さとは成果を出すこと、顧客の創造無しには企業存続はありえないこと、高校野球の顧客とは誰か、その顧客にどうすれば役に立つということになるのか、などは考えもつかないことだっただろう思います。しかし、ドラッカーの教えを素直に学び、実行するという、知行合一を基本に実践躬行したことにより、組織とは何か、ということや、またそれを円滑に運営するにはどうすればいいかということを、みなみちゃんは学びました。

そればかりか、それを超える人間への深い洞察や真理といっては大袈裟かも知れないが、人間とは、社会とは、、について大事な事柄もみなみちゃんは学びました。

私も心を揺さぶられ、感動もしました。

 

皆さんも是非読んでみて下さい。

それでは今年一年よろしく御願いします。

2010年4月27日 |

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

そして、保護者の皆さん、本日は誠におめでとうございます。

また、年度初めのご多忙の中、多くのご来賓の方々のご臨席を賜り厚く御礼申しあげます。 

 

新入生の皆さんには、今日から始まる学生生活が生涯での色々な想い出になるように、意欲的に学び・学校行事にも積極的に参加して欲しいと願っています。一方で、景気後退で就職環境も厳しくなっていることは皆さんも承知していることと思います。昨年度本校の就職率・進学率は95%と、不況下においても努力した結果だと思いますが、今企業や社会は、国家資格や様々な知識と同様に、或はそれ以上に、対人関係能力やコミュニケーション能力を求めています。

 

本来、日本人はもともと対人関係能力やコミュニケーション能力が高い国民でした。大人のみならず子ども達までも礼儀正しく、誠実で勤労精神旺盛で、大変に道徳性が高い国民として、外国の人たちからも尊敬されていました。

本校の教育目的に「徳性の涵養を基本として」という一節があります。「徳性」とは、道徳をわきまえた心、を意味します。「涵養」とは、自然にしみこむように養成すること、を意味します。

 

「徳性」というものは、ちょうどうつ伏せになっている器を、仰向けに直すようなものだと、哲学者の森信三は言っています。うつ伏せになっている器に、いくら上から水を注いでも、少しも内側にたまりません。ところが、一旦器が仰向きにされると、注いだだけの水は、一滴もあまさず全部がそこに溜まります。実際私達人間は、敬う心・感謝の心を起こさなければ、いかに優れた人に接しても、いかに立派な教えを聞いたにしても、心に溜まるということは少なくなります。

 

授業が始まる時・終わる時の「挨拶」、人とすれ違う時の「挨拶」。こんな日常の学生生活の中で、自ら進んで「挨拶」するだけでも、敬う心や感謝の心が芽生えてきます。

 

私たち教職員もそれに相応しい存在になれるように、より一層頑張ります。

皆さんの入学を心より歓迎しつつ、入学式の祝辞と致します。

 

 

2010年4月27日 |

 

新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。

そして、保護者の皆さん、本日は誠におめでとうございます。

また、年度初めご多忙の中、多くのご来賓の方々のご臨席を賜り、新入生を励ましていただきますことに大変ありがたく厚く御礼申しあげます。

 

入学生の皆さんは、何かが新しく始まる期待と不安が入り交じる中で、それぞれの目標に向って「志」を立てていることだろうと思います。今日から始まる新しい学生生活の局面で、「志」を立てる、ということを改めて考えてみて下さい。「志」というのは、遥か彼方の遠くにあって、簡単には近づくことはできないものと私は考えています。

また、手を伸ばして引き寄せることも出来ない。つまり、高い「志」というのは簡単には叶えられない。そういう大きくて遠くにあるものだと思います。その「志」に向けて皆さんが努力したとき、その努力は自分自身のためにもなるけど、社会のためにもなります。これが「志」の大事な条件です。ここが「欲望」と違うところです。個人の「欲望」というのは、その人がいくら努力して、その人のためになっても、社会や国家のためにはならないものが多いことがあります。そして、自分で決めた「志」は寝ても覚めても忘れなくて、どんな困難と直面してもやめない、諦めないことが大事です。

 

より大きくて、崇高な「志」は、より大きな「心」に宿ります。人間の体というのは、「大きい、小さい」という差は、十倍とか十分の一倍ということはありません。体重で言えばせいぜい二倍か三倍で、背の高さも二倍高いというケースはあまりありません。それに比べ、その人が持つ「心」の大きさは、十倍とか百倍ではなく、千倍も一万倍も大きな差があります。「心」というものは目には見えません。しかし、「心」の大きさは知ることはできます。いろんな見方はありますが、どういう人が「心」が小さいかというと、自分さえよければ、というようなことを考え、そういう行動をとっている人の「心」は、小さくて狭くて浅いような感じがします。一方で、自分のことも大事、家族のことも大事、学校全体のことも大事、日本の社会のことが大事、国家のことが世界のことが、というように、自分と同じように他人のことも思いやれる、いろんなことに関心を寄せる、そういうものをもったときには「心」はどんどん大きくなっていきます。

 

本学の教育理念の一節に、「より良き社会の形成に自ら貢献出来る人材育成を期する」とあります。今日から始まる本学でのキャンパスライフで、学びを基本に、多くの出会い、多くの活動に参加しながら、友達や家族の人たちにも話せる「志」を立てて下さい。

 

どうぞ、健康で、楽しく、意義ある学生生活を送って下さい。

入学おめでとうございます。

2010年4月27日 |

日増しに春めいて全てが躍動を始めるこの良き日に、めでたく学位を得て社会に巣立っていく卒業生の皆さんおめでとうございます。心から祝福を送ります。

今年も多くのご家族の方々にご出席を賜りました。ご家族の皆さんのお喜びもひとしおのことと思います。これまでのご苦労に改めて敬意を表し、お祝いを申しあげます。

そして、ご多忙にもかかわらず、多くのご来賓の方々にご出席賜り、卒業生の門出を祝福していただけることは、誠に有難く厚く御礼申し上げます。

 

さて、卒業生の皆さんは本学に入学して以来、数々の素晴らしい成果を残しました。その一つは、この就職難の局面に98,3%の就職・編入学を決めたことです。これは皆さんひとりひとりが、どんな困難も乗り越えようとしてきた勤勉さと行動が織り成した、素晴らしい人間模様だと感じています。

 

これまでの就職活動を通じ、皆さんも感じていると思いますが、これから船出する日本社会は極めて重要な局面にあります。私達一人ひとりが積極的に社会と関わっていくことが、これまで以上に求められている時代となっています。それ故に、本学の教育理念である、「より良き社会の形成に自ら貢献する」ということを、積極的に、誠実に展開していくことを期待しています。

 

古典に、「窮すれば即ち変ず、変ずれば即ち通ず、通ずれば即ち久し」という教えがあります。事態が大変な状態にまで進むと、人やものに変化が起こり、変化が起こると、そこから新しい展開が始まります。そしてその展開が久しく続く、という教えです。しかし、「変化」というのは、何も無いところ・何もしないところには起こりません。しっかりとした基本、しっかりとした根っこをもって行動を起こすところにのみ、「変化」は生じます。

 

茶人の千利休は「稽古とは、また学ぶということは、一より習い十を知り十よりかえるもとのその一」と我々に教えています。この「一」というのは、基本や根っこのことで、大事なことは常に基本に立ち返るという教えです。即ち、皆さんが本学の先生から学び感動したこと、何十冊も目を通した教科書やいろんな書物から吸収した知識、友達同士で学び感動したことなどなど、この2年間は皆さんのこれからの人生の大切な基礎、大切な根っこであることを常に思い起こし、より良き社会の形成に自ら貢献して下さい。

 

どうかこれからもより一層健康で積極的な人間模様を織り成して下さい。

卒業おめでとうございます。

2010年4月27日 |

元日の気分も昨日のように感じますが、2010年も早一ヶ月が過ぎようとしています。

 

私の机にはまだ十分整理できていない元日の新聞の切抜きが沢山ありますが、各紙の元日の社説は大変気になる内容でした。『「国難」への気構えを共有したい』、『「国思うこころ」が難局を動かす』、『「ニッポン漂流」を回避しよう』、『時代切り開く気概もとう』などなど「日本」を憂う観点が極めて多い社説が目立ちました。日経は「団塊の世代の子や孫は、親や祖父母より幸福な人生を送れるだろうか。われわれ現世代は子や孫の世代を犠牲にして、繁栄や平和をたのしんではいないだろうか」。産経は「社会が他者依存や甘えの方向に人心を駆り立てていないか。自立、自助、忍耐心を育てないで、どうして日本の再生が叶うのか」など、問われた内容に触れた時は思わず唸ってしまいます。

 

今年の各紙の社説は、「国を憂う」論点が多い感じですが、戦後60年間行われてきた「教育基本法」には、残念ながら、そのような「教育目的や目標」の観点がどこにも明記されていません。平成18年、安倍内閣でようやく「教育基本法」の改正が60年ぶりに叶い、「国家・社会の形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な国民の育成」という観点が教育の目的に掲げられ、教育目標として「我が国と郷土を愛する~~~の平和と発展に寄与する態度を養うこと」が明記されました。

 

 どの組織や企業において、理念や目的・目標が明確にあってもその具現化が困難であるのに、それらが無い国において、「国を思うこころ」「国を愛するこころ」が醸成されるは簡単には出来ないと感じます。

 

古今東西において社会は「倫理=人と人との秩序関係」が基本とされてきました。『倫理の「倫」と言う字は、「にんべん」に「侖=リン」と書くが、これは人間が集って「輪」になり「和」をつくるという意味だ。集った人間間の道理や根本原理を「倫理」という。「倫理」をルール、マナー、エチケットとして書き出したものを「道徳」といい、それを強制すると「法律」になる』と日下公人(くさか・きみんど)氏は著書で書いています。

 新渡戸稲造著の『武士道』の倫理観(精神)は、「慈愛・正義・道理・思いやり・誠」が基本となっています。

 儒教で人が実行すべき倫理観は、「礼・智・信・義・勇」となっており、これは『五常(ごじょう)』と呼ばれています。

 また、西洋の倫理観には『Cardinal Virtues(カーディナル バーチュー)』として、Prudence(思慮・分別)・Temperance(自制・節制)・Justice(正義・公正)・Fortitude(剛毅・辛抱)・Faith(信頼・信念)・Charity(仁愛・おもいやり)・ Hope(希望)の7つの基本徳目があります。

 

 このように見ていくと、古今東西何れの倫理観を見ても、偶然とは思えないほどの共通の倫理観があることに気がつきます。それは、「ありがとう」という「感謝のこころ」が基本だと感じます。「感謝のこころ」は、ともに生きる他者への思いやりにつながり、やがて夢や希望にもつながっていきます。

 

 教育の原点である「感謝のこころ」を持つことは、この学園の目指す人材育成の基本であると考えています。

 

                          浦山哲郎

2010年2月 1日 |

今年は、海の向こう側で"Yes,We can"で一月に就任したオバマ大統領で始まり、海のこちら側での"政権交代"で9月に就任した鳩山総理大臣で、世界のパラダイムが大きく変革した一年でした。深刻化している雇用問題、成熟化、高齢化、教育問題などなど、日本が直面している課題・問題は枚挙にいとまが無いほどです。このような状態を敢えて一言で言い表すと"艱難辛苦の体験"という言葉を思い出します。"艱難辛苦"、どの文字を見ても"大変そう"な意味合いであることは分かります。

「名を成すは窮苦の日にあり、事を敗るは多く得意の時に因す」という古人の言葉がありますが、それは「成功の種は苦難のときにまかれ、失敗の種は得意のときにまかれる」ということを意味するとの事です。因みに英語で見てみると一例として次のように紹介されていました;「Adversity makes a man wise  艱難汝を珠にす; 人間は、苦労や困難を乗り越えていくことによって、立派な人間になる」。"艱難辛苦の体験"とはまさに今の私達に与えられた大事な教訓であることを改めて感じています。

 

今年読んだ本の中で、そんな「艱難辛苦の体験」を描いた2冊の本がとても印象に残っています。ひとつは、泉三郎著「堂々たる日本人、知られざる岩倉使節」、もう一冊は、司馬遼太郎著「坂の上の雲」です。

岩倉具視使節団は廃藩置県が終わった明治4年に大挙欧米見学に発ちます。しかし、国家の大手術ともいうべき廃藩置県の直後に、使節団は632日間という途方もない長いものとなりました。まだ混沌としていた明治初期の留守の間に、反対派などの反乱や地位の確保などを心配しない人は少ないのではないでしょうか? しかしながら、岩倉具視使節団は、いかにして近代化を進め「明治という国家」を作っていくかという、その志の高さ、凛呼たる倫理感、深い教養と礼節、そして歴史的な大変化に敢然として対処した勇気、それらに人々は感動を禁じえなかったのだと、著者はその武士道精神と颯爽とした日本人の姿を伝えたいと文中で語っています。

またNHK大河ドラマで放映中の「坂の上の雲」は激動の明治時代に果敢に生きた人たちを鋭く描写しており、大変勇気づけられます。ドラマは日清戦争に勝利した日本がこれから日露戦争に突入していきます。ドラマでは秋山兄弟が主人公となっているのでこの兄弟の偉大さは徐々に紹介されると思いますが、西田敏行演じる高橋是清の武士道精神に大変感激しました。日清戦争における日本の勝利は、列強の意外とするところでしたが、日露戦争開戦にあたり、日本が最も苦慮したのが資金不足でした。資金も無く発展途上の日本がてっとり早く資金を調達するため公債を外国に買ってもらうことでした。その交渉役という大役を担ったのは高橋是清でした。高橋は仙台藩の足軽の子として生まれ、アメリカに留学したがエリートの生活とは程遠く、留学中に奴隷として売られるなど辛酸をなめたものでした。さらに帰国後も詐欺事件などに巻き込まれて資産を失うなどした苦労人だけに、この大役がこなせたとも言えます。日露開戦前、世界の人々は、小国の日本が大国ロシアに勝てる見込みはないとみており、日本の公債に全く興味を示しませんでした。高橋の戦略は、あらゆる人脈を駆使して外国人たちに、日本の文化や日本の武士道などについて熱弁をふるい、「日本」という国の魅力を知ってもらうことでした。そのような地道な努力が認められ、ロンドン市場での多額の公債発行を取り付けたり、アメリカの銀行家の協力を得ることに成功したのです。大国ロシアに勝利したことは、明治の人たちの武士道精神によるところが多大であり、日清戦争・日露戦争の勝利は列強の意外とするところでした。

 

司馬遼太郎さんは「明治という国家」の中で、当時のリーダーは「透きとおった、格調の高い精神で支えられたリアリズム」を持っていたと語っています。

また、泉三郎さんは、上に立つ者は、国家であれ地方であれ、会社であれ団体であれ、そして大学などの教師も含めていくつかの条件を備えなければならないと述べています;

一つは、使命感。明快なる問題意識、目的、青写真、ビジョン

二つには、トータルにものを見るバランス感覚

三つには、したたかな現状認識、リアリズム

 

お二人の共通点は、サムライ的精神=リーダーたるものの精神、ということだろうと感じます。 平成21年はその精神を学ぶ意味でも「艱難辛苦の体験」を与えていただいた重要な年でした。

2009年12月30日 |

公立保育園の運営を受託してから4年目になります。新湊作道保育園の園児達の保育・教育に一生懸命情熱を注ぐ職員や元気で明るく遊ぶ園児達の顔を見るたびに、保育園運営を受託出来たことに素晴らしい意義を感じています。保育理念や保育目標が明確になっているか?職員間でそれが認識共有されているか?一日の流れ(カリキュラム)はどうか?園児達は健全に成長しているか?などなど、その役割りの向上のための議論はつきません。4年目ということもあり、保育園も新しいことに挑戦する時期を迎えていた時、鹿児島で三つの保育園を運営している横峰理事長との出会いが私の『思い』を大きく動かしました。

3歳や4歳の子どもがひらがな・カタカナを拾い読みし、絵本を楽しそうに読んでいる。学習帳(書き取り帳)にお絵かきをするような感じで、一人ひとりがきちんとお座りしてして、ひらがなやカタカナを書いている。5歳のクラスでは文章や手紙を書いたりしている。計算も皆それぞれに、数字を囁きながら、学習帳に書いている。先生がかけた音楽のCDに合わせ園児達がピアニカを弾き始めた。5歳までには数十曲のレパーリーを持つようになるという。5歳児の男子全てが逆立ち歩きをし、普通の跳び箱8段をクリア。動作から動作に移る時のきびきびした返事。子ども達のその表情に何度も感動しました。

横峰理事長先生は、子どもをやる気にさせる4つのスイッチがあるという。-①子どもは競争することが好き②子どもはチョットだけ難しいことをやりたがる③子どもは真似をしたがる④子どもも他人から認めて欲しい- そのスイッチを入れる環境を作り出し、人間の才能である『心の力』・『学ぶ力』・『体の力』を付けさせ、子ども達が生まれ持っている『可能性』を最大限に引き出す教育が大事だと指摘しています。

子どもは、起居をともにする一番信頼できる大人(多くは親)に甘え、依存し、やがて反抗期を通して『自立』していきます。親に甘え、依存し、反抗することは子どもの成長に不可欠なプロセスです。このことを、日本人は、『しっかり抱いて、下に下ろして、歩かせる』という言葉で語り継いできました。この格言は、子どもの発達段階に応じた親のかかわり方の本質を端的に衝いています。3歳までは、親との安定した感覚的・心理的な結びつき(愛着)が大切といわれています。『しっかり抱いて』とは、親に甘えて依存するという、親子の『愛着』形成の重要性を表しています。『下に下ろして、歩かせる』は、愛着からの『分離』になります。『愛着』が母性原理であるとすれば、『分離』は父性原理と言うことが出来ます。

少子化時代である今日では、『親心の喪失』と『過保護』という、対立する2局面が同時に起きています。これは何れも子どもの自立を促すことになりません。内閣府が2003年に実施した『若年層の意識実態調査』によると、子どもがいる女性の63.3%が『育児の自信がなくなる』と回答しています。また、63.9%が『自分のやりたいことが出来なくて焦る』、75.2%が『なんとなくいらいらする』と答えていることから、育児不安や子育てに伴うストレスを感じている親が多いことが分かります。子育ては、他者を育てることで自分を活かしていくことにほかなりません。 

今回の鹿児島の保育園児達は私に感動を勇気を与えてくれました。子ども達の『可能性』を引き出す教育を行うことによって、子育てに悩むのではなく、親子一緒になって学び、育っていく、そんな保育園運営を目指します。2010年の後半には、新湊作道保育園の園児たちは今よりももっとはつらつとした姿を見せてくれることを確信しています。

 



 

2009年8月11日 |

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