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学校法人 浦山学園

35度、37度そして40度を超える猛暑が続いた今年の夏も、9月1日~3日の3日間に富山市八尾(やつお)で行われた『風の盆』とともに涼しさを感じるようになってきました。それにしても、日本の夏は亜熱帯の国に変わってしまったような気がします。

その暑い8月の最中の8日9日の両日、第一回『親学講座』が富山福祉短期大学(射水市-いみずし)で開催されました。今、全国でこの『親学講座』の開催を 希望する自治体や団体が増えている中で、富山でも開催出来たことは大変意義深いことと感じています。2004年3月、中央教育審議会生涯学習分科会では、 審議結果報告「今後の重点分野」において、次のように「家庭教育への支援」を強調しました。「家庭の教育力の向上を図るためには、学校や地域において、出 来るだけ早い段階から、親になるための学習の充実を図るとともに、親になった後も・・・親が親として育ち、力をつけるような学習を大幅に充実するための方 策を検討することが必要である」。『親学』はこの答申に対応することを目的のひとつにしています。子育ては親育て(育児=育自)ということにもなります。『親学』では、自らを育てる、即ち主体変容を強調しています

今、何故親学が必要なのか?一言で言えば、子ども、親、先生が変わってしまったと思うからです。

日本の子ども達と他国の子ども達との比較(アメリカ、中国、韓国、トルコと日本との比較)を長年に亘って調査、研究を行っている中里至正(なかざとよしま さ)氏 東洋大学教授は、「日本の若者の弱点」「日本の親の弱点」の著書で次のように言っています。『1970年頃から非行の抑制要因(心のブレーキ)に 関する研究を続けているが、非行を抑制するであろうと考えられる、自制心(我慢すること)思いやり意識(他人の気持ちがわかること)恥意識・その形成と深くかかわっている親子関係の良否な どが、子どもの側に十分に形成されていれば、非行を思いとどまらせる役割りを果たすだろうと考えている。特に、80年の半ば頃までは、日本の子ども達はか なり強い自制心と思いやり行動を示していた。しかし、1987年(昭和62年)になって、子ども達の思いやり行動の生起率が急変した。そして、次のような 言動が他国と比べて日本だけの特徴となっていった。第一は、非行-飲酒・喫煙・性的関係などを悪いことではないという態度をとる。 第2には、道徳意識の 低下-自分勝手に振舞う・先生の言うことを聞かない・親の言うことを聞かない・約束を破る。第3に、望ましくない価値観をもつ-自己中心的・金銭志高・人 生は努力より運・将来のことより今が楽しければよい。第4に、思いやり意識が低い-老人に席をゆずる・山で大切な水を分ける・休日にボランテイァをするな どの意識が極めて低い、などである。国際比較で見た日本の子ども達の現状は、我々が予想していた以上に思わしくなかった。そして残念ながら、この10年の 間、改善の兆しが認められていない。我が国の将来を考えた時、現在の「経済危機」よりも、「心の混迷」をより深刻に受け止めている。問題は、なぜ我 が国に非行抑制要因の脆弱化現象がおきたのであろうか、ということである。その理由を我々は、日本の親子関係に求めた。どう考えても、日本の親子関係がお かしい。そして、その「おかしさ」が、日本の子ども達の「荒れ」と密接に関係しているに違いないと考えている』

「モンスターペアレント」と言う言葉を最近よく耳にします。校庭の石で窓ガラスを割った生徒を教師が叱ったところ、「なぜ校庭に石を置いておくのだ。石を 置いた学校が悪い」と親が怒鳴った。「給食で子どもにご馳走様と言わせるが、給食費を払っているのだからお礼を強要するのはおかしい」などと言いつつも、 全国で保育園費の未払いが90億円あったり給食費の未払いが22億円もあるという現実。保育園や小学校で撮る写真で「なんでうちの子が真ん中にいないの か」など、「モンスターペアレント」の枚挙にいとまがありません。

一方、学校も変わってしまったと感じます。「学校崩壊」の著者、河上亮一氏は次のように言っています。『10年ほど前から、 「こどもの自由・人権を第一に考えろ」と、学校のあらゆる活動がたたかれ始めた。「押しつけ、強制はまずい、自由にさせておけば子どもは自然に育つ」とい う考え方が強まってきた。文部省も平成元年からの教育改革のなかで「教授から援助へ。やる気を重視せよ。叱るよりほめよ」と現場を指導し始めた。この十 年、学校は全体として、自由・放任の方向に動いている。生徒のあいだには、好きなことは何やってもいい、いやなことはやらなくてもいい、という雰囲気が広 がっている。いじめもなかなか押さえがきかなくなった。最近では、校内暴力も再び激しくなりつつある。一方、教師のなかにもものわかりのよい教師がふえて いる。「生徒を抑えるのはまずい。生徒の言い分をよく聞いて納得させることが大切だ。悩みをよく聞いてカウンセリングマインドで生徒に対さなければならな い」という考え方が広まっている。反対に「基礎的学力、生活の仕方、人間関係のつくり方、やっていいことと悪いことなどは生徒がいやがっても押し付けなけ ればいけない」という考え方はどんどん後退している。生徒に"やさしい"学校にかわりつつあるのだ』。
最近、近隣の学校でこんな話を聞きました。教室に教科書を置きっ放しにして、家で勉強しない生徒達がふえていくことを心配したPTAに対し、「私は生徒達 を愛しているので、そのことを指摘することは出来ない」と真顔で先生は答えたそうです。これが、生徒に"やさしい"学校とはとても思えません。

また、高等教育機関の学生達も変わったと考えざるを得ません。過日、全国の専門学校(100校)を対象に、「現在困っていること、抱えている問題・課題」を自由に記述してもらったアンケート結果を見せてもらいました。
・目的意識の欠如(無気力)の学生への対応、
・学力格差が年々開きつつある
・学力低下で資格取得が難しい学生への対応
・精神的障害(心の病)のある学生の増加への対応
・コミニケーション能力不足の学生への対応
・モラルの低下への対応
・学生と保護者、特に保護者への接し方に関するトラブルへの対応
など、いわゆる「ガラスのこころをもった学生の増加-もろくなった学生の増加」にほとんどの学校が課題として、いろいろと対応を迫られていることを改めて感じました。これは、その温度差はあるとしても、短期大学・4年制大学にも言えることと思います。
アメリカの教育学者、マーチン・トロ―は、進学者が15%までをエリート型・15%~50%はマス型・そして50%以上になることをユニバーサルアクセス 型という三つのタイプに整理しています。それは、マス型からユニバーサルアクセス型への拡大は、単に進学率が高くなる意味だけではなく、入学動機も多様、 学力も多様、社会経験も多様であるため、それぞれの教育機関がそれぞれのタイプの学生達に対応することが重要だといっています。

『日本の子ども達が示した「心のブレーキ」は、どの点を比較しても、他国の若者に比べてはるかに弱かった。どうして日本の若者の「心のブレーキ」がそんな に脆弱なのだろうか。当然のことながら、この種のブレーキは、遺伝的にもって生まれるものではなく、生まれてから後に、誰かに教えられて成立するものであ る。とすれば、日本の子ども達は、他国の子ども達と比べて、「心のブレーキの教育」をあまり受けていないということになる。誰がこの教育の「第一責任者」 なのであろうか。「それは親である」と言う答えが自然であろうと思われる』と、中里氏は家庭教育の重要性を強調しています。
自制心(我慢すること)や思いやり意識(他人の気持ちがわかること)は、世界から羨まれるほどに日本人の生き方でした。伝統や文化は、意識的に伝承しようとしない限り、永遠に受け継ぎ、続けることは困難です
「家庭の教えで芽を出し 学校教育で花が咲き 社会の教えで実がなる」これは、会津藩の家庭心得のひとつだそうですが学校が親や家庭に働きかけていたそう です。こんな教えはこの日本に無数にあるほど、日本の歴史は生き方の手本だと感じています。生き方の手本にはとてもなれないと、引け目を感じることはない と思います。教職員はそれを案内するためにも、自分が不完全であることを知り、子ども達とともに学ぶ姿勢で臨めばいいと思います。『親学の寺小屋』を推進していく事が、私たちひとりひとりの役割りのひとつと思っています
2007年9月 7日 |

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