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学校法人 浦山学園

 その日(7月7日)も梅雨時の蒸し暑い日でした。地元の文化ホールには1200人ほどのお客さんで会 場は満席でした。囃子とともに立川志の輔師匠が登場し、高座に座ります。地元出身の志の輔さんはすぐに話すでもなく程好い合間をおきながら会場をなんとも 言えないいい笑顔で見回す。これだけで会場はいい感じになりました。そして、「あら~暑いがに、よう来らはった。あんた、気の毒な~」と言うと、高座と 1200人の距離感が瞬時に無くなり、会場は大笑い。後から気がついたのですが、志の輔さんの落語は90分でしたが、笑いながらのあっという間の90分で した。最初の20~30分は、落語本編に入るべく、近頃あった話題に関連したいろんな話をする「マクラ」という名の軽いトークでした。そして気がつくと、 その「マクラ」の話の流れから自然な感じで本来の落語の噺に入っていました。その落語本編もお腹を抱えて笑いながらの、あっという間の60分程でした。
私の活字言葉の能力ではその「マクラ」の内容や落語本編の内容をここで伝えられるほど表現力がないことが残念ですが、今回の「志の輔落語」では多くのことに感激しました。

 会場に入る前に「志の輔グッズコーナー」に立ち寄りました。そこには志の輔人形のような可愛いモノと一緒に志の輔さんの著書が5~6種類程ありました。 失礼ながら、落語家でこれほど多くの著書を出版されている人はいるのかなぁと思いながらも、その中の一冊「志の輔らくご的こころ」を、購入してみました。 後で分かったことですが、実際は10冊以上の著書があり、毎日新聞には毎週コラムを連載されていることを知りました。

 「毎日新聞に毎週コラムを連載することになったとき、いつも高座で話しているマクラを書けばいいのだから、さほど苦労は無いだろうと思っていました。 が、始めてみるとしゃべり言葉と活字言葉の違い、もっていき方の違いに驚きました。同じ事を伝えるのに、こんなに表現の違いがあろうとは。けれど、毎週、 せかされるようにコラムを書くことを続けているといつの間にか、マクラがここでできるようにもなりました。また、新作落語を構成する上でとても役に立ちま したし、現代に起こるさまざまなニュースを抜きにしては落語は語れない、そう思うようにもなりました。ここ数年、私、志の輔はなにをどのように考えて暮ら してきたか、そんなのがこの本に詰まっています」と言う内容のまえがきで始まるこの本は、2002年から2006年までに起こった104項目のさまざまな ニュースや出来事を志の輔さんの独自の、感性豊かな視点、鋭い洞察力でとらえた内容でした。

 「志の輔らくごで1ヶ月、パルコ独占」のページには、連日満員のお客さんで、12000人がらくごを楽しんだことが書いてありましたが、ひとりの落語家 が12000人を呼んだことには感心しましたが、同時に志の輔さんの考え方にも感心をしながら考えさせられました。「ライブの醍醐味は、私の作品を鑑賞い ただくのではなく、毎回、違うお客様をお迎えし、公演ごとに瞬間ごとに新たな呼吸を作っていく楽しみにこそあるのです」。
毎年新しい学生達を迎えている私たちは、その年毎に新たな呼吸をどのように新入生達と作っているだろうか?

 「過去9年間につくった作品のリバイバルと今年のためにつくった作品あわせて12作品を高座にかけたわけですが、思いがけなかったのは、数年前の作品が まったく古びていないことでした。その年を反映させて作ったものが、今でも通用したのです。変わらない人間の本質を抑えていれば、年数経ても古く聞こえな いのですね」。
私達の授業に使っている教材やその教え方は、変わらない人間の本質を抑える(大変難しいが教育の基本)ようになっているだろうか?

 「"志の輔らくごinパルコ"は7台のカメラを駆使して撮りました。今回の映像は、私の表情、声、しぐさなどを四方八方のアングルから撮り、嬉しい拷問を受けています」。
私たちのFDにも必要なことではないだろうか?

などなど「志の輔らくご的こころ」には、教育機関で働く私達にいろんな示唆を与えてくれる観点が多くの項目に含まれていました。

 そして、あとがきには「たった一人で座布団に座って、時空を超え、何人もが登場し、笑わせ泣かせ、ある時は怪談、あるときは人情、あるときはナンセン ス、あるときは人情、あるときはスラップスティック、あるときは詩情、あるときは歴史、あるときは井戸端会議、口から出る言葉だけでありとあらゆる世界が 描ける落語、日本だけに存在する落語って、素晴らしいと思いませんか?」。
ユニバーサルアクセスの時代に求められる私達教職員にも、志の輔師匠のこの"思い"に匹敵するような"思い"を持ち、実践躬行したいと思います。
2007年7月29日 |

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