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学校法人 浦山学園

 世界的に有名なフランスの双子シェ フ、プルセルさん兄弟が講師を務める料理講習会が過日、富山市で開かれました。南フランスのモンペリでレストランを経営し、98年から04年までミシュラ ンの三ツ星(最高のレベル)を獲得した実力派だけに、その腕前や味は絶賛に値する評価だったと、参加者の方から聞きました。双子シェフが最も大事にしてい ることは、「モンペリエの伝統=風土や文化に誇りを持ち、それらを如何に料理(生活や仕事)にしみ込ませ、風土や文化を後世に伝承できるように出来るか」 という考え方に感激をしたようでした。「一流人の考えはやっぱりすごい」と言うのが、その参加者の方のコメントでした。

 話は違いますが、2006年が明けてからも、この日本国内で聞こえてくるのは、 耐震強度偽装問題やライブドア事件など、それらの共通点やその判断基準は「損か、得かの拝金主義」「欲望のためなら人をも欺く」ということであり、「正し い、正しくない」「精神論や道徳論」などの伝統を重んじる日本(人)の美意識からすれば許容できないと思うのは私だけでしょうか?フランスの双子シェフに 脈々と流れているような風土や文化に誇りを持つ価値観は、本来は日本(人)が世界から尊敬の目で見られていた筈です。伝統的日本(人)の美意識をどのよう にして日本社会にとり戻せるのでしょうか?小さい頃、嘘をついたり悪いことをすると、親からこっぴどく叱られ、「お天道様はなんでもお見通しだよ」と言わ れてきました。「天網恢々(てんもうかいかい)、疎にして漏らさず=悪人を捕らえるために天の張る網は広く大きくて、その目は一見あらいように見えてて も、絶対に悪人を網の目から漏らすことは無い」の教えを今一度考えてみる必要がありそうです。

 亡くなられた作家の江藤淳氏は「忘れたことと忘れさせられたこと」と言う題名の 本の中で、「忘れたのは日本の精神文化である。そして忘れさせられたのは日本の歴史である。日本人の生活規範には、豊かな人とのかかわり、そして自然との かかわりが息づいていた。日本の文化の特質のひとつは礼(儀)の文化だが、それを失うことは日本の魂を失うに等しい」と言っています。人は礼(儀)を失い かけると、不思議と考え方や言動が粗野になるような状況は、私達の日常生活の中でたくさん見ることが出来ます。

 また、多摩大学の中谷巌学長は、「戦後教育が知識詰め込み中心で、心や倫理の問 題を教える教養教育が欠如したものであったことの責任の一端があるように思えてならない」と指摘され、「日本という国を、礼節をわきまえた高度信頼社会に とどめておくには何が必要なのか。これこそ今、日本が取り組むべき最重要な政策課題なのではあるまいか」と倫理教育の欠如を厳しく指摘されています。(産 経新聞、18年1月26日)

 このような中で、エッセイスト・数学者でお茶の水大学教授の藤原正彦氏の著書 「国家の品格」は、全ての日本人に誇りと自信を与えるような素晴らしい提言だと感じました。「日本は世界で唯一の"情緒と形の文明"である。国際化という 名のアメリカ化に踊らされてきた日本人は、この誇るべき"国柄"を長らく忘れてきた。"論理"と"合理性"頼みの"改革"では、社会の荒廃を食い止めるこ とはできない。いま日本に必要なのは、論理よりも情緒、英語よりも国語、民主主義よりも武士道精神であり、"国家の品格"を取り戻すことである」という提 言です。
 

"情緒と形の文明"を身につける、というのは抽象的で目に 見えにくいので、4つの観点をあげています。「1番目は、国家の独立不羈(ふき)です。自らの意志に従って行動の出来る独立国ということです。世界に誇る 日本の美しい情緒や形に触れることで、戦後失われた祖国への誇りと自信を取り戻すことが出来ます」「2番目は、高い道徳です。アメリカの生物学者モース (大森貝塚の発見者)は、"日本に数ヶ月も滞在していると、どんな外国人でも、自分の国では道徳的教訓として重荷となっている善徳や品性を、日本人が生ま れながらに持っていることに気づく。最も貧しい人々でさえ持っている"と。日本人が、この特性により世界に範を垂れることは、人類の貢献なのです」「3番 目は、美しい田園です。美しい田園が保たれているということは、金銭至上主義におかされていない、美しい情緒がその国に存在する証拠です。美しい田園が保 たれている、ということは、農民が泣いていない、ということでもあります。経済的にもっともしわ寄せを受けやすい農民にまで心が配られていて、農民が安心 して働いている証拠です。経済原理だけでなく、祖国愛や惻隠の情(いたわしく思うこと)が生きていることでもあります。田園が乱れている、というのは恥ず べき姿です」「4番目は、学問、文化、芸術などで天才が輩出していることです。天子が輩出するためには、役に立たないものや精神性を尊ぶ土壌、美の存在、 ひざまずく心などが必要です。市場原理主義は、これらすべてをずたずたにします。日本は天才を生む土壌を着実に失いつつあります。美の源泉でもある田園は 荒れ、小学校から大学まで、役に立つことばかりを追い求める風潮に汚染されています。ひざまずくのは金銭の前ばかりです。金銭を低く見るという武士道から くる形は、すっかり忘れられました。田園が荒れれば、日本の至宝とも言えるもののあわれや美的感受性なども危惧に瀕します。
 

そ して、最後に、このように締めくくっています。「日本人一人一人が美しい情緒と形を身につけ、品格ある国家を保つことは、日本人として生まれた真の意味で あり、人類への責務と思うのです。ここ四世紀間ほど世界を支配した欧米の教義は、ようやく破綻を見せ始めました。世界は途方に暮れています。時間はかかり ますが、この世界を本格的に救えるのは、日本人しかいないと私は思うのです」。

 この4つの観点を述べるまでに、藤原氏は、「情緒」と「形」とは何か、なぜそれらが大事なのかということを見事に表現しています。こんなに重要なことを、流れるように読むことが出来たのも、この藤原正彦氏が、故・新田次郎と藤原ていの次男であるということでしょうか。

 学園の教育方針である、知識・意欲・コミニケーションの能力向上を高め、社会性・創造性豊かな人材育成を図る観点に、「情緒と形の文明」を考えたいと思います。 
2006年1月29日 |

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