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学校法人 浦山学園

8月15日、甲子園の球児たちも12:00のサイレンと共に黙祷をしていました。
戦後60年ということもあり、私は意識的に例年以上に長く黙祷しました。
最近は長寿になったこともあり、60歳の還暦祝いは余り目立たなくなった気がしますが、「還暦」といえば「暦が還り、再び生まれ変わる」として尊ばれてきました。
その「還暦」を迎えた日本(国)は今どのように生まれ変わろうとしているのでしょうか?

マスコミ各社が「戦後60年の日本」をいろんな局面で報道していたが、一番私が気になったのは、日本経済新聞に掲載された堺屋太一氏のコメントでした。「戦後を一言で言うと、豊かさを得て、誇りを失った60年だった」。堺屋氏は次のように続けました。「小学校でも、日本良い国、強い国と習い、実際、そう信じていた。良い国というのは、正義の国という意味。勇気と覚悟と我慢が一番の美意識で、主観的な誇りが価値基準だった」

確かに最近の日本(人)は、価値基準がカネやモノなどの数量的なものの豊かさに移行した結果、価値基準が何であるかについて議論することが少なくなりました。
焦土と化した終戦後の日本がゼロからGDPで世界一になったのも、気がつけば日本が世界一の借金国になったのも、この60年です。
価値基準がカネやモノなどの豊かさに移行したのだから、どちらの世界一になっても特段不思議なことではないという感じすらしますが、正義・勇気・覚悟や我慢などが一番の美意識で、主観的な誇りが価値基準だという考え方は、一体どこへ行ってしまったのでしょうか! 何故そのような考え方が伝承されてこなかったのでしょうか! 家庭や学校、そして企業などは、どうすれば主観的な誇りのようなものを取り戻せるのでしょうか!

国家(社会)の安危について人より先に憂え、人より後に楽しむこと考え方を「先憂後楽」といいますが、この考え方を実践躬行し、財政再建や農村復興に多く の成功をもたらした一人に二宮尊徳(金次郎)がいます。薪を背負いながら本を読む二宮金次郎の銅像を、知らない人が多くなりました。金次郎と呼ばれる貧し い若者だったころのエピソードはたくさんありますが、金次郎は自分を産んで育ててくれた親やお天道様の徳に報いることが「働く」ということだと考え、実行しました。後に、金次郎の考え方は、昭和初期の農村不況を脱するため、二宮尊徳精神による報徳運動として盛んにとなり、学校もこれを受けて、至誠(誠実なこと)・勤労(よく働くこと)・分度(身分相応に暮らすこと)・推譲(世の中の為に尽くすこと)の報徳の4つの綱領に基づく「報徳教育」が取り入れられました。このような考え方や生き方が日本型勤労観であると日下公人(くさかきみんど)氏は著書「道徳という土なくして経済の花は咲かず」で述べています。

カネやモノの豊かさは大事であることを否定する人はいないと思いますが、徳に報いる考え方を実践躬行した結果の豊かさであることが望ましいと思います。
「徳」とは、正義が行為にあらわれること、人道を悟って行為にあらわすこと、道徳、品性、などと辞書に書いてあります。

いま、若者のフリーターやニートに代表されるように、大人も含めた我々日本人の勤労観・仕事観が課題になっています。
何のために働くのか?何のために生きるのか?という基本的なことが、家庭において、学校にいて、企業においてこれまであまり議論されてこなかったことも否めないと思います。

浦山学園は、「新しい価値観で社会に貢献できる人間づくり=教育付加価値追求型の学園へ」をスローガンに、日本人としての勤労観・仕事観を見直すことが必要であると考えています。付加価値とは、異質のものを統合的に組み立てながら、社会性や創造性を産み出す力と考えています。学園の教育方針である、知識・意欲・コミニケーションは、その社会性や創造性を産み出すためです。
そのような意識形成を構築していくためにも、まずは自分の足元を見ることから始めたいと常に考えています。そのためにも、学園の教職員も学生も、整理・整頓・清掃・清潔・躾という「5Sの実践躬行」が、意識形成の鍵を握っています。
2005年8月31日 |

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