今、何故『親学(おやがく)』なのか? 本年度から始まった「ゆとり教育」の一方で、懸念される基礎学力の低下や(注①)、10年連続の増加で過去最多を更新した不登校生、そして子供への接し方や家庭教育の仕方が分からない親の急増など、教育問題が毎日のようにマスコミなどで取り上げられています。
中曽根元首相は、日本の教育基本法は「切り花の如くで、根っこがない」とコメントされました。また、先の小渕前首相の内閣時に設置された、21世紀日本の構想懇談会では、「日本はバブルの崩壊で経済だけでなく、日本の価値体系も崩し、日常生活の規範であった倫理まで崩壊させてしまった。私
たち日本の貧しく、苦しい環境の長い歴史の中でも、国民が堅持してきた倫理という生活規範が、20世紀後半の高度成長がもたらした豊かさと、急速な国際化
の進展で、それを身につけることを忘れてしまった。そして、この90年代の挫折は、そのまま21世紀になだれ込んできた。繁栄の代償だろう」と報告しています。
教育基本法第1条「教育の目的」(注②)は、戦後まもない昭和22年に制定されています。その教育基本法の改正が今、中央教育審議会で議論され、「家庭の教育責任」「教員の資質向上」そして、日本の伝統・文化・郷土愛等の「愛国心」などを基本に改正案が本年度内に報告される予定です。
ドイツの哲学者ヘーゲルは、「平和が長く続くと、民族は堕落、腐敗する」と言いました。もし、ヘーゲルが言うように、日本が国家衰退の岐路にいるとすれ
ば、この国の精神的な立ち直りを早急にはかる必要性があります。教育改革の制度的改善は、政治家や文部官僚に委ねるしかありませんが、一番大事な生活規範は自分が身につけようと思えば、いくらでも自分達自身で身につけることが出来ます。
「礼を学ばざれば、以って立つことなし」。礼の勉強をしなければ、人格の形成が出来ず、人間関係がうまくいかないと言うことを、孔子は庭訓(庭先で長男の伯魚に教えたことからていくんと呼ばれる)として、詩の勉強と礼の勉強の二つを徹底して教えたそうです。
「庭での教え」を換言すれば、現在の「家庭教育」、即ち『親学(おやがく)』を指します。
すべての教育の出発点で、人間形成の基礎を培う「家庭の力-家庭教育」、即ち、『親学(おやがく)』の必要性が今、求められています。当然の事ながら、『親学(おやがく)』は、親は当然ですが、社会の一人一人が主役となって子育てに情熱をもつことが求められています。今回の第1回『富山親学(おやがく)フォーラム』に大変多くの方々が参加されたことは、教育に課題が多いという裏付けであり、1日も早く、親としてのあり方、役割を学べる『親学(おやがく)』の組織立ち上げを目指したいと思います。
注①:基礎学力の低下 :
いろんな調査があるが、20年前と同じ問題の正答率が11%近く落ちており、今の小学生が20年前の教室で勉強していると仮定すると、4割近くが「学習が遅れ気味」と判定される。また、出来る子と出来ない子の「学力の分極化」も進んでいるとの調査結果も発表されている
(2002.9.23.日本経済新聞・朝日新聞)
注②:教育基本法第1条「教育の目的」 :
教育は、人格の完成をめざし、平和的な国家及び社会の形成者として、真理と正義を愛し、個人の価値をたっとび、勤労と責任を重んじ、自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。

会場風景